第30話 坂道の氷
私の留学生活のほとんどは、アメリカ南部の「ジョージア州」で過ごした。
もちろん、南部と言うくらいだから夏は「とてつもなく暑かった」のを覚えている。
初めの一、二年を過ごした大学には2種類寮があった、その違いは、エアコン付きと、エアコンなし。(^^;)もちろん、寮費もエアコンなしの方が安いのだが、高いお金を払ってもあの暑さを考えたら「エアコン付き」を選びたいと考えるのは皆同じ。しかし、キャパシティーの関係からエアコン付き寮に入れるのは3年生以上。よって、私の滞在中はその「権利」はもらえずに『エアコンなし』の寮に住んでいた。
しかし、夏の暑さはまったくもってひどいもので、寝苦しい毎日。
ロスのように乾燥した気候なら、夜になればそれなりに涼しく過ごせるのだが、それは元々砂漠状態の地域だから言えることで、自然豊かなジョージアでは、当然「湿気」があり、そのジメジメ感が私たちを苦しめた。
ベットのマットレス。これが熱を含むと、本当に寝苦しい。
ましてや、窓の向こうに見える「エアコン付き寮」の『室外機』の音がさらに寝苦しさを増した。なんせ、セントラルエアコンだったこともあり、その音の大きいこと、定期的に起こるキューともガーとも聞こえる爆音(?)が耳についてしまうほどだった。
そうすると、当然いつも寝不足状態。
エアコンの効いている教室や食堂、図書館に設置してあるエアコン噴出口の前に立ち、冷気を直接体で浴びるときの快感!腰から力が抜けるほど気持ち良かった。
当時、私は勉強もあまりせず、貧乏人にも関わらず『遊学生』状態だったので図書館にもまともに通わなかったのだが、夏場だけは別の目的で何度か足を運んだ。
マ~、想像がつくと思うが、単に「夕涼み」(f^^;)
知り合いの女の子を見つけて、チャチャを入れるのが楽しみだった。
しかし、この「夕涼み」は私だけがしていたわけではなかったようだ。ある日の午後、暑さのあまりクラクラしていた私は、いつもの様に図書館の地下にある自習室へ足を向けた。すると、一定の周期である音が聞こえているではないですか!
そう、それは「イビキ!」。
その部屋を外から覗いてみると、なんと大胆にも大きなテーブルの上に横たわって学生が寝ていたのだ。図書館の管理者に見つかったら叱られるだろうに、何とも大胆不敵の行動だ。あの気持ちよさそうな顔、よっぽど夜眠れないのだろうな~と、人のことながら同情してしまった。もちろん、彼は私と同じ寮の学生だったことは言うまでもない。
しかし、夏が暑いからといって冬が過ごしやすいということもないのがさらに問題だ。シンガポールの様に『常夏』ならば、服装もTシャツさえ持っていれば生きていけるのだが、冬はそれなりに寒いのだ。
なんせ、当時年に2、3回は大寒波がやってきて、町中のすべてのものを『凍り漬』にしてしまう。マイナス10度以下だってあるのだから、東京の冬なんてもんじゃない。駐車している車は、言葉通りの「カチンコチン」、背の高い木々からは氷柱が1m以上の長さで垂れ下がっており、危ないったらありゃしない。それに、その氷の重さに耐え兼ねて、大きな枝がちぎれて、そのおかげで電線が切れてしまい、停電になったりするのだから半端な状態でないことは分かってもらえると思う。
しかし、やはり南部は南部なのである。(f^^;)
毎年多大な被害を被るにも関わらず、特にこれといった対策がない。暑い夏のことばかり気にして、どうしても寒い冬のことなど忘れてしまうからかもしれない。
その『凍り漬』で発生する最も重大な問題は、交通機関の麻痺である。
町中が「氷の世界」(井上陽水ではないが)なのであるから、道だってカチンコチン。車社会のアメリカでは、これは致命的なのである。寒波が襲ってくると、ローカルのFMラジオから「エ~、〇〇小学校休校、△△中学校休校」と、延々と休校情報を流すのである。なぜなら、スクールバスでさえチェーンを持っていないし、アイスバーンでの運転の仕方を知らない連中ばかりなので、それこそ寒波中は事故ばかりなのである。
アイスバーンは滑る、という極当たり前の常識でさえ忘れ、ブレーキを踏んだら車は「いつものように止まる」ものであると思い込んでいる悲しい南部の人達、何台も「ア~アッ」っと発する私の声を無視して、図体の大きなアメ車が滑っていく様子を見たことか、….。(^^;)
しかし、そんな状況でも大学の授業はなんとかやろうとするのである。
何故なら、寮に大量の学生がいるのだから、その連中は基本的にその寒波の影響を受けないと思っているからのようだ。
ただ、先生たちは違う。
もちろん、大学の寮で生活しているわけではないので、アイスバーンの危険な道でも、そろり、そろりと運転してくるらしいのである。(大学の先生も危険な商売である。(^^;))
そんな中、大学が休校になることを望んでいる連中は、頑張って学校にやってくる先生のことなどお構えなしに、授業を阻止すべくスパイ大作戦を密かに実行するのである。(^^;)(^^;)
実は、私の行っていた大学は丘の上に立っていた。
丘の上ということは、学校の敷地内に入るためには「登り坂」を上がらなければならないということになる。『登り坂』+『寒波』…..さて、君が授業を阻止したいと思ったら何をするだろう?
そう、水!
寒波がやってくると天気予報で報じられると、寒い中、学生達はパケツに水を入れて前夜、その坂にぶちまけるのである!(^^;)(結構重労働のはずなのに、こういうことだけは努力してやるところは日本もアメリカも学生は同じようである。)
当然翌日その坂は、見事に表面が氷で輝いているのである。
私を含め、勉強をしたくない連中はその「輝き」に狂喜乱舞!(f^^;)
普段は遅刻するほど朝弱いくせに、そんな日の朝だけは、しっかり目が覚めるのだから人間って不思議な動物だ。
しかし、そういう「ささやかな喜び」も、学校は無残にも打ち砕くのであった。学校側もさる者、学生が作った「氷の道」を除去する強力な「部隊」を準備していたのである。
そう、それは、黒人の「お掃除軍団」のおじさんたちだ。
なんとも、そのおじさんたち、かわいそうにめちゃくちゃ寒い朝っぱらから学校に呼び出され、必死になって道にはってある氷を除去するのである。文句も言わずに、黙々と作業をしているおじさんたち。なんか、奴隷時代を思わせる状況に、喜んでしまった私はちょっと申し訳ない気持ちに襲われた….。
でもマ~、何はともあれ、南部ジョージアも冬は寒いことだけは覚えておいてほしい。(^^;) そんじゃ!
[2000年4月27日発行]