第32話 家庭の崩壊
今年の五月の連休中、かなりショッキングな事件が立て続けに起こった。
それも、未成年として保護されている17歳の少年たちが起こしたというのだから、さらに驚きだ。日本の将来に一抹の不安を感じたのは私だけではなかっただろう。
世の中が複雑になり、種々雑多な情報があまりにも容易にやり取りされるようになると、精神的に成熟していない未成年に悪影響が出てきてしまうのかもしれない。情報化時代の陰の部分が露呈しているかのように感じられる。
これらの事件をテレビで見ながら、留学中に会ったある女の子のことをフッと思い出したので紹介したい。アメリカの陰の部分なのでちょっと暗い話だが、「こんなこともあるんだ」くらいに読んでほしい。
その彼女は同じアルバイト先のウエートレスだった。彼女はちょっと暗い陰を漂わせてはいたが、際立って美人だった。もう名前は忘れてしまったが、当時年齢は19歳。既に3歳の子供がいた。少し目がうつろで、運んでいる料理をひっくり返すような、大きなミスをする子だったと覚えている。
彼女は自分の身の上話を私にはしなかったが、他のおばちゃんのウエートレス達にはよくしていたらしい。そのおばちゃん達は後で私にその話をしてくれた。その話を皆さんにお伝えしたいと思う。
***********
彼女の両親は彼女が小さいうちに離婚したそうだ。
しかし、母親はすぐに再婚したそうで、その後Step Fatherと生活を始めた。その父親は酒を飲むと彼女に暴力をふるう「酒乱」の男で、どうしようもないグウタラ父親だったそうだ。
ある日、母親がいないときに、その父親はまだ十代前半の彼女に「関係」を迫ってきたのだそうだ。もちろん、彼女は必死に拒否したのだが、なんとその父親は酒のビンを割って、それを拒否する彼女の肩に突き刺したそうだ。その跡は彼女の左肩に残っており、丸い傷跡は少女の心にも大きな傷を残した。(おばちゃんウエートレスはその跡を見たとらしい。)
彼女は、そんな家庭に嫌気がさし、当時付き合っていた男と一緒に家を飛び出したそうだ。そして、その男と後日結婚した。彼らは、あちこちを旅して最後に、私の住んでいた街にやって来たという。一度、レストランが暇だったときに、彼女と会話して、母親ぐらいには連絡を取ったら?と話したところ、彼女が家を飛び出した後、借金取りから逃れるためにそのStep Fatherと母親は夜逃げをしたため、今ではどこに母親が住んでいるのかさえ分からないと話していた…。
それでも、もしも彼女がその男と結婚して幸せな家族を作ってくれれば、それなりにハッピーエンドで済むのだが、彼女の持って産まれた星が悪かったのか、その男もどうしようもない男だったらしい。実は彼女もその男も、世の中を拗ねた目で見ていたらしく、ドラッグ(麻薬)で現実の世界から逃避していた。ウエートレスのおばさんに聞いた話によると彼女の旦那は、ドラッグを取ると見境なくなるらしく、友達数人でドラッグを取った後に、隣に妻である彼女が寝ているにも関わらず、雑魚寝をしてる他の女性に手を出すほどだったという….。
いつも暗い陰のある子だったが、ある日とてもニヤニヤしていたので、何か良いことでもあったのかと思い尋ねてみると、彼女はものすごい答えをしてきた。なんと、クエルードとスピードをちょっと時間差をおいて取るとジェットコースターに乗っているみたいで、最高の気分だ。と言うのだ!(-_-;)
ここでちょっと解説すると、クエルードとはお酒のほろ酔い気分に似た気分にしてくれるドラッグ。そして、スピードは神経を緊張させるドラッグだ。(このスピードは、試験の前に徹夜で勉強をしなければいけないようなときによく取っている学生がいたのを覚えている。)
つまり、酔っ払っていたかと思ったら、突然緊張する。
そんな状態が交互に起こってくるというわけだ。もちろん、お酒を飲んでも脳細胞が破壊されると言われているのだから、ドラッグなんてどれだけ脳みそに影響を及ぼしているかわかったものではない。そのドラッグを2種類、ダブルで取るのだから、考えただけで空恐ろしくなる。
初めに書いたように、目がうつろで、料理をひっくり返すミスをしていた理由は、レストランにくる前にドラッグを取ってくるからだったからかもしれない。でも、こんな生活で良いわけがない。
私も、お節介かもしれなかったが、もっと人生を考えた方がいい。と彼女に話したことがあった。しかし、彼女は「それじゃ、私と結婚して私を幸せにしてくれるとでもいうの?」と言う始末。結局話にならなかった….。
しばらくして、彼女はレストランを辞めた。
今よりも時給の高い24時間開いているレストランで働き始めたからだ。そして、しばらくして、今度は今までの旦那とは別れて、そのレストランのオーナーと結婚をしたらしいという噂を耳にした。私は「本当に大丈夫だろうか?」と、他人のことながら不安に思い、彼女の働いているレストランに、アルバイトが終わった後足を運んでみたことが一度だけある。そのレストランは、カウンターのあるこじんまりとした雰囲気のお店で、ダウンタウンにあった。
私が何気なくその店に入ると、彼女はちょっと驚いた様子で、どうしたのか?と話しかけてきた。すかさず私は、心配だから様子を見に来たと返事をしたところ、「一体何が?」といった顔をしたのを覚えている。まだ、うつろな目は同じだったが、以前よりは少し元気になっていたようだったので一安心。とにかく何かオーダーをしなければいけなかったので、一番安くてお腹にたまるパンケーキをオーダーした。他の客の相手をしている彼女を横目で見ながら、そそくさと食べた後、「それじゃ元気でね!」と言って私はその店を出た。「これで彼女も幸せになるのかな~」と漠然とした思いを抱いて帰宅したのを覚えている。
しかし、話はこれで終わってはいなかった。これにはまだ後日談がある。
実は新しい旦那にも子供がいて、彼女は新しい結婚を期に二人の母親になったのだ。一人は3歳、もう一人は5歳。当時、彼女はまだ20歳にもかかわらずだ!
ある日、私がバイトをしていたレストランのウエートレスたちが集まってホームパーティーを開いた。そのときに、彼女もよばれたのだそうだ。ドアを明けて入ってきた彼女を、皆が久しぶりだね~と声をかけたところ、ある事実に全員すぐに気がついたそうだ。彼女の手に抱かれた子供は自分の子供一人だけだったのだ。つまり、旦那の元々の子供がいなかった。
そこで、みんなが「あれ、もう一人の子は?」と尋ねたところ、「車の中で待たせている。」という返事が返ってきたというのだ。ご存知のように私の滞在していた州は、ジョージア州。南部だ。そのパーティーは夏場に開かれていたので、エアコンのついていない車の中がどれだけ暑かったか、容易に想像できる。しかし、彼女は自分の子供だけを連れ出して、旦那の子供を車に待たせているのだから、普通じゃない。
もちろん皆が「呼んで来たら?」と彼女に話したのだが、そんな言葉は彼女の耳には入らなかったそうだ。とても悲しいことだが、彼女は過去の忌々しい出来事に魂まで悪魔に汚染されてしまっていたらしい。愛情を十分に受けたことがない彼女は、本当の愛を知らなかったのかもしれない。
それにしても、旦那の子供は彼女に育てられることで、本来親から無条件に与えられる愛を知らずに育つのだろう。これで正常に育つわけがない。その子供も、愛情に飢え、その負の循環を繰り返すのかもしれない….そう思うと、とても恐ろしく感じた。
「負の連鎖」が神の手で断ち切られることを、心から祈るばかりだ。
[2000年5月18日発行]