コラム

第20話 旅行 – マッサージ

ニューヨークを出発して、ワシントンDCに到着したのは明け方でした。
まだ陽も登っていない明け方4時頃、寒さと眠さで不機嫌でしたがバス停から歩いてYMCAへ向かいました。数日滞在するための宿を確保するためです。バス停からYMCAまでは歩いてほんの数分だったと記憶しています。

しかし、あまり早くチェックインすると、昨夜から泊まったことにされると思い、少なくとも太陽が登るまで待つことにしました。背中に重い荷物を担ぎ30分ばかり入り口でウロウロしていましたが、昨日まで降った雪が氷になるほどの寒さの中、さすがに寒さに耐え兼ねて、「ここは兎に角交渉するしかない!」と決意を決め、呼び鈴を鳴らしました。

もちろん、こんな時間は普通の人はまだ床の中、呼び鈴を鳴らしても出てきてくれるか心配でしたが、冷え性の私はもう足が凍りついてしまうかと思いながら、続けざまに2回ほどベルを鳴らしました。すると、中から眠い目を擦りながらおじさんがドアを明けてくれました。

まずは、「おはよう!起こしてしまったかな?部屋はありますか?」と尋ねました。するとおじさんは、特に不機嫌な様子もなく、「いやいや、いいんだ。」とニコニコしてくれて「部屋ならあるよ。」と答えてくれました。

私は、すかさず「『今夜と明日の晩』泊まりたいのだけど…。」と伝えて、これから床について休む分は今日の分に含めて欲しいということを何気なく伝えたのです。するとおじさんは、私の言っていることを理解してくれたらしく、「大丈夫、チェックインは昨日じゃないからね。」と笑って言ってくれました。

バスの中でほとんど寝れなかった私は、もうろうとしながらそんな会話をし、お金を支払った後とても静かで暗いロビーを通り、みんなが寝静まっている部屋の方へと向かいました。

ニューヨークでユースホステルに滞在してた私は、多分同じような部屋なんだろうと思いドアを明けたのです。すると、中からゴソゴソという音がしました。真っ暗な中、よ~く目を凝らして見るとその部屋の両側に2段ベットがあり、三人ほど寝ている様子でした。

私は”I’m sorry.”と言いながら、そ~とドアを閉め、電気もつけずに荷物を解き、靴を脱ぎ、ベットに横になりました。横になって寝れる幸せを感じながら、とにかく疲れた体を横たえ眠りについたのです。

目が覚めたのは、10時ちょっと前でした。
すでに他の人たちは外出したらしく、部屋の中には私一人しかいません。面倒くさがりの私は、もう少し眠りたかったのですが、「折角ワシントンにまで来たのだから探索しないと」と意を決し、外出の支度をして外に出ました。外は天気も良く、寒いながらも青い空がとても綺麗でした。

昨夜の疲れも無く、ワシントンDCでもかなり精力的に歩き回りました。
スミソニアン博物館、国会議事堂、ホワイトハウス、FBI等々、丸一日陽が沈むちょっと前まで、ヘトヘトになりながらも黙々と歩きました。感じることもたくさんありましたが、そんなことを書いても仕方ないのでその辺は割愛して(^^;)….、夕方にYMCAへ戻りました。(でも月の石に触れたときには、アームストロング船長の気持ちになったりして…(f^^;)。それから、年間何万人もの人がその石を触るはずだから、いずれは磨り減ってしまうのではないかといらぬ心配をしたりしていました…。)

ヘトヘトになって戻った私は、早速部屋に戻りました。
私はまた数人の人が部屋にいるものだと思って、”Hello”と言いながらドアを明けて中に入って行りました。ところが、明け方人が寝ていたベットは片付けられており、一人黒人の人だけが「パンツ一丁」で柔軟体操をしていました。「多分他の人達はまだ帰ってきていないんだろうな~」なんて思いながら、柔軟体操をしている黒人のあんちゃんに自己紹介して、何気ない会話をしました。「他の人は、まだ戻ってきていないの?」と質問したところ、「彼らはもうチェックアウトしたよ。」と教えてくれました。

彼は、ちょっとぶっきらぼうに話す口調でしたが、結構話好きなようで、何かと話しかけて来ては、「筋肉を良くほぐさないと疲れが取れない」とかいいながら、鏡に映っている自分の肉体に惚れ惚れするらしく、柔軟体操の合間にボディービルのカッコをしたりしていました。私は、そんなことにお構いなしに疲れたな~と思いながら、親に絵葉書を書き始めました。

床には古ぼけたカーペットがひかれており、裸でそんなカーペットの上で横になって柔軟体操をする黒人の気が知れないな~と思いつつ、ペンを動かしていました。彼の突然のあの言葉がでるまでは….。

彼は何を思ったか、私に向って「マッサージしてくれるか?」と言ってきたのです!!

マッ、マッサージ?!?私は、目を丸くしてしまった。しかし、見ると彼は既にその汚いカーペットにうつ伏せになって私がマッサージすることが至極当然のごとく待っていたのです。

何故、この私が彼をマッサージしてやらなければいけないのか?と、混乱した頭の中で思ったりしたものの、あまりにも突然のリクエストに私は断るすべもなく、仕方なしに彼の背中を指圧してやるはめになってしまったのです。(ちなみに、私にはマッサージする趣味なのないので、誤解のないように!女性なら別だけど….(f^^;)冗談冗談)

ご存知の方もいると思いますが、黒人の人の髪の毛はチリチリです。
それは、うぶ毛にいたるまで「チリチリ」で、彼の背中に生えていた体毛も短くカールがかかっていました。それがとっても気持ちが悪く、指圧をする指先で感じるその感触がなんとも言えずイヤでした。また「俺何やってるんだ?」とか思うと断りきれなかった自分が情けなくもあり、半分ヤケになっていました。

しかし、どんなにバカなお人よしであっても、彼の腰から下をマッサージする義理はなく、適当に「ハイ、これでおしまい。」と言って数分で止めることにしました。彼はそれが短すぎると感じたらしかったが、私が再び机に戻って絵葉書を書き始めたら諦めたらしく「風呂に入る!」と、起き上がりシャワールームの方へ行きました。

私は「ホッ」とした気持ちで机に向かっていましたが、彼のチリチリの短い毛が指の爪に入っていたので、またとっても気分が悪くなっていました。マ~変な体験だったけど、過ぎたことは過ぎたこと。と、割り切って手紙を書き始めましたが、フッと我に帰って今の状況を考えてみました。

ここは「密室」…。そして、彼はなんとなく変わった奴。

昔流行ったビレッジピープルの「YMCA」が頭の中で流れてきました。以前誰かが、「アメリカではホモの歌なのに、日本で西城秀樹が歌うと青春の歌になる…。」なんて皮肉を言っていたのを想いだし、段々バラバラになっていたジクソーパズルから絵が見えてくるように、私の心にある疑心が浮かんできました。

モ、もしや、私は『ホモ』と一緒にいるのではないか…..?!?!?
背筋が、ゾ~としてきました。ソ、そうだよな~。普通の人はマッサージなんて頼まないよな…、絶対に何か変だよな~….。などなど、止め処もなく悪いイメージが頭の中に浮かんできたのです。ヤ・バ・イ! …(+_+;)

私はそそくさと、ニューヨークの地下鉄で握り締めた「アーミーナイフ」をバックから出してポケットの中に隠し、『来るべき瞬間?!?』に備えることにしました。そんな私の行動を知らない彼は、アメリカ人には珍しく長風呂を楽しんでいました。風呂タブにお湯を浸している様で、ゴ~っというお湯を入れる音が聞こえてきました。この音がしている間は安心なので、私はヤバイ、ヤバイと思いながらどう対処すべきか思案してました。しかし、思案の結果が出る前に彼は今度はバスタオルを腰に巻いて、バスルームから出てきたてしまったのです。

私は、恐怖感を隠しながら、平然を装い手紙を書いている振りをしました。
すると、後方から「君も風呂に入るだろ?」と言ってきたので、何気なく「ああ」と返事をした私は、「ハッ!」とある事実に気がつきました。

風呂に入る → 裸になる!!コ、コ、これはまずい!!!

しかし、その時点でもう既に遅かったのです。
私の返事を聞いた彼は、またバスルームに戻っていったのです。そして、またあのゴ~というお湯を入れる音をさせているではないですか!エッ?!私のためにお風呂を作ってくれているの?そうなのです、彼は私のためにお風呂を作ってくれていたのです。

ヨ~ク考えてみると、彼はさっき「シャワーを浴びるか?」という質問ではなく、「風呂に入るか?」という質問をしてきたのです。

私の危機感はピークに達していました。
「服を脱いだら最後だ。」と思った私は、風呂場から戻ってきた彼が「お風呂できたよ」と言う言葉を聞いた後、すかさず「風邪をひいたみたいだから、今日は入るの止める」と答えました。すると、彼はとても怒りはじめたのです。

「お風呂入れたんだから、入りなよ!暖まれば風邪だって飛んでいってしまうよ。それに、(赤ちゃんの粉ミルクのような大きさの缶を見せて)筋肉の疲れを取る薬品を入れたのだから!」と、私に執拗に迫ってきます。しばらく、抵抗していた私は、彼の熱意(強引さ?)に負けてしまい、「それじゃ、入るよ。」と成ってしまいました。(本当に気が弱いったらありゃしない!(^^;))

しかし、「裸になったら最後」ですから、どうしようか考えました。まさか服を着たままお風呂には入れないですから、まずバスルームまで服を着たまま入って、そこにあったバスタオルをびしょびしょになるまで濡らして、ドアの下に押し込み、ドアを簡単に開けられないようにし、もちろん、あの「アーミーナイフ」を懐に忍ばせて行きました。

もちろん、お風呂なんて楽しんでいる精神的余裕はありません。
そそくさと湯船に浸かり、体を洗ってほとんど「カラスの行水」状態で上がりました。風呂場から出るときには、しっかり服を着込み、彼の前で「裸」になることのないように努めました。彼は、あまりにも早い入浴だったので、怪訝な顔をしていましたが、そんなことを気にしている余裕はありません。なんせ、この私の身を守るのが先決でしたから。

それから、また気に掛りはじめたことは、寝ている間に襲われたらどうしよう。と言うことでした。寝ている間は無防備です。フッと目を開けたら彼の顔が目の前にあって、身動きが取れなかった!なんてことがないように注意を払わなければなりません。

それならばと、考え付いたのが「寝袋」でした。

学校の先生から借りてきた寝袋が、こんな所でも役に立つとは思ってもいませんでした。ベットには、もちろんブランケットもあるのですが、それを使わずに寝袋にくるまりベットで寝たのです。これならば、仮に襲ってきたとしても、寝袋を剥がすのは大変です。多少は防御できると思ったのです。もちろん、ここでも身をまもるために「アーミーナイフ」を枕の下に忍ばせました。

お風呂から上がった私は、「寝袋」に包れ、彼と会話をしないように、すぐに床につきました。あれは多分9時頃だったでしょう。「こんな早く寝るのか?」と質問されましたが、疲れたから…と言って横になりました。でも、やはり襲われるかもしれない恐怖感で、目はつぶっても寝てはいけない、寝てはいけないとしばらく必死に眠気を堪えていました。しかし、いつしか意識は遠のき、深い眠りについてしまったのです。

….朝が来ました。
私は、昨夜の寝袋に包ったときと同じ状況に自分がなっているか、まずは調べました。見た限り、寝袋を剥がされた形跡はなく、自分が無事だったことに安堵感を覚えました。

ヨカッタ~!

それから部屋を見まわすと、彼は既に外出したらしくいませんでした。私は、何はともあれ自分が無事だったことに安堵しました。すると、急に腹が減ってきたのです。昨夜は結局服を着たままだったので、そのまま起き上がり、食堂でもあるかな~と思いYMCAの地下に行ってみました。

地下といっても半地下なので、窓がありそんなに暗い雰囲気はなく、料理の匂いに誘われて少し進むと、そこには宿泊者が利用できるキッチンがありました。何気なく覗くと、昨夜の黒人のルームメイトがいたのです。もう密室ではないですし、他の人も回りにいたので、”Good Morning!”と声をかけたのです。すると、彼は私に「お腹は空いていないか?」と言ってきました。私は、「空いている」と答えると、冷蔵庫の中から卵を二つ
取り出して、何と目玉焼きを作ってくれたのです。

私は「ありがとう」と言って、彼の作ってくれた目玉焼きを食べましたが、食べている最中に、冷蔵庫の中から、「このクッキーうまいんだ」と一袋くれたかと思うと、私がうれしそうな顔をしたからでしょうか、次には袋に入った「にんじん」をくれました。

…..(@_@)?!?
目玉焼きを食べ終わる頃には、私は昨夜の猜疑心はいったいなんだったのか分からなくなり始めていました。もしかしたら、彼はとっても良い奴で、単に私が彼を誤解していただけかもしれないと思い始めていたのです。もしも、そうだとすると、私はなんと彼に対して悪いことをしたのだろうと思うと、居ても立ってもいられず、彼に「私は、あなたの事を誤解していたのかもしれない。」と言いました。しかし、彼は私の言っている意味が分からなかったのか、キョトンとした顔をしただけでした。

でも、私はとても感激していました。
それから、私は彼からもらったクッキー一袋と、にんじんを手に持ち再び雪の降り積もったワシントンを歩き回ったのです。そして、にんじんってこんなにうまい食べ物だったのだと、ニューヨークで食パンに感動したのと同じくらい感激しながら一日過ごしたのです。本当に不思議な思い出です。(@_@)

[2000年2月17日発行]