第38話 ヘボン式ローマ文字
今回は、ちょっと脱線系のお話。
海外出張をすると、毎回何かの発見があるのだが、今回は「英語の表記」について一つ発見したので、その話をしたいと思う。皆さんは、新明和という会社をご存知だろうか?私の2000年現在働いている会社の系列企業なのだが、たしか一部上場企業の1社で、知っている人も多いかと思う。
数年前に聞いた話なので今はどうだかは分からないが、実はその会社、飛行場のタラップの世界シェアーNo.1!。世界中で使われているらしい。たしかに、飛行機に乗る際に、タラップの操縦席あたりを見まわしてみると、ほとんど「新明和」という会社の名前が入っている。今回も、搭乗する際に行列の中、何気なくタラップの先端についている操縦席の上部をみると、やはりその会社のロゴがついていた。「なかなか頑張っているな~」と思ったが、さらにそのロゴをよ~く見てみるとこう書いてあった。
ShinMaywa
そこで、よ~く見てほしい。(^^)
気がついただろうか?ヘボン式表記のローマ字と異なっているところが一箇所ある。学校で教わった書き方だと、新⇒Shin 明⇒Mei 和⇒waとなるはずだが、真中の「明」が『Mei』ではなく『May』になっているのだ。これは、間違っているのではない。一部上場企業のロゴに間違いなんてあるわけがない。つまり、わざとこの表記を使っているということだ。たぶん、外国人に自分の会社の名前をより正確に発音してもらうために、「明」が5月のMayと同じことから、Meiよりも良いだろうと判断したのだと思われる。
これは、なかなか素晴らしいことだと思う。
もともと、日本語を英語で表記するために、江戸末期から明治にかけて横浜に来ていたお医者さんのヘボンさんが考えた方法が「ヘボン式ローマ字」。これは五十音の縦横の関係を考慮した素晴らしいマトリックスだ。しかし、反面、英語の発音として既に存在している「単語」をあてはめた訳ではないので、ちょっと無理があることも否めない。たとえば、「あ」は、絶対に「A(エイ)」にはならない。マ~、しいて書くなら「Ah」だろう。
そこで、私が大学を卒業したときのことを思い出した。
私の卒業した大学では、全員の名前を学長が読み上げ、一人一人に対して卒業証書を手渡してくれる。もちろん、学長なんかと顔を合わせて話した経験などないので、学長は当然留学生である私の名前など知るよしもない。よって、学長は私の名前を当日初めて呼ぶことになる。
卒業式の前、黒いガウンと四角帽子を手渡され、卒業式の手順を総務の人から教えてもらった。学長が、名前を読み上げ、卒業証書を手渡す。そして、帽子にぶら下がっているヒモ(正式な名称は何なんでしょうね~?(^^;))を右から左だったか、左から右だったかは忘れたが、ずらしてくれて、学位を授与することを示してくれる。そして、最後には握手を交わすのだ。
そして、総務の人は私をふくめた留学生に向かって、「学長が読み上げる際のメモを渡しますので、名前は、読みやすい表記にして下さい!それから、アクセントをどこにおいたらいいのかも書いてください」と言って、卒業のための書類と共にメモを渡してくれた。
私は、自分の名前はShimazakiだ。コレ以外に書き方はありえないし、何で書き換えなければいけなんだ?それに、私の名前にはアクセントなんてない!と思って、何もコメントをつけずに、そのままその紙を提出した。アメリカで4年間も過ごして、そのときに何故その「発音、アクセント」の意味が分からなかったのか、今になって思い出せば恥ずかしい話だがそのときは、気がつかなかった。
さて、卒業式の最中。
私は、大きな講堂の中で、席について前方を見つめ、ときめきながら自分の番が来るのを待っていた。そして、ついに、私の番がやってきた。席を立ち、颯爽とステージに進み、私の名前を学長が読む瞬間を待った。今でもはっきり覚えているが、学長は私の卒業証書にある名前を見て、どうやって発音すべきか、口元は笑っていたが、ちょっと引きつった顔と、どうしよう!といった潤んだ目で、ほんのわずかの「間」を開けていた。
私は、ハッ!とした。学長は、日本人の私の名前など、読めないのだ!!しかたなく、適当な発音で、いくつかの音節に分けて、英語的な発音で私の名前を「創作」してくれた。(f^^;)
マ~、これで私の卒業が取り消される訳ではないし、どんな呼ばれ方をしたとしても「私」には変わりないのだから、とにかく私はニコニコして卒業証書を受け取り、それ以外は予定通り、固い握手を交わし、壇上から降りた。
それ以来、私は外国人と会って自分の名前を紹介するときには、極端なアクセントをつけるようにしている。そして、『日本人の名前は長いからね~ She is my Mother. の”She-ma”と呼んでくれ』と良く言っている。それでも、何故か結構”Shime”と発音するアメリカ人がいるので、冗談で「その、”She-me”とだけは言わないで下さいね。それは日本語で、「オムツ」を意味しますから(おしめ)」。と言って笑いを誘ったりしている。
新明和と同様、日本人らしい名前の場合、外国人に分かりやすいように、独自の名前表記を考えるのも、これからの国際社会においては結構役に立つことかもしれない。最後に、確認のためにヘボンさんのことを調べたら、彼の本当の名前はJames Curtis Hepburnと言うのだそうだ。なんとも、あの有名な女優の名前も「オードリ・ヘボン」だったら….と思うと、ちょっと笑ってしまった。(f^^;) そんじゃ!
[2000年6月29日発行]