コラム

第5話 人情だよな~

ニューヨークの地下鉄は、危ないことで有名だ。でも、ニューヨーカーの足として使われているのだから、路線を選んだり、時間帯を気にすれば、ほとんど問題はない。日本ほどではないにしろ、通勤ラッシュだってきちんと存在する。ただ、落書きだらけの車両と、ちょっと電灯の数が少なく、鉄骨やコンクリートむき出しの駅が、その危険地帯のイメージをどうしても抱かせてしまう。

旅行に出たら、分けが分からなくても、とにかく現地の人たちの交通手段を利用して出歩くことを勧める。日本国内だって、ちょっと知らない土地に行くと、どうやって目的地へ行ってよいやら分からないことが多々ある。ましてや、海外。地名も聞いたことのない場所なのだから、もっと大変だ。

でも、あえて公共の交通手段を使ってみよう。
すると、当然迷う。迷えば、どうしたって誰かに助けを求めることになるから、コミュニケーションをとることになる。不思議とそういったことで、人の温かみに触れ、旅の思い出になる。

「自分は○○に行きたいのだけど、駅の場所を教えてほしい」。
「電車賃はいくらだ?」等々、質問してみよう。

すると、君の戸惑い具合で、駅まで連れていってくれたり、切符の買い方まで教えてくれる人だっている。世界中、もちろん悪い連中もたくさんいるけど、基本的にみんな優しい。それを感じることだけでも、旅の価値はあるし、自分の中の優しさも育むことができる。

ちなみに、ぼくの社会人になってからの経験だけど、なかなか面白い話しを紹介しよう。あれは、オランダにチューリップを見に行ったときだ。「地球の歩き方」を片手に、イギリスからフェリーに乗って一路アムステルダムへ向かった。途中、オランダ人の女の子と友達になったり、旦那さんがアメリカ人で、奥さんが日本人の若いカップルと仲良くなったり、たった数日の旅行だったけど、いい思い出を作ることができた。

オランダでの交通手段は、もちろん電車とバス。
美しい田園風景や、一面のチューリップ畑を楽しみ、イギリスに帰国する前日は田舎町にある安いホテルに泊まった。たまたま、最後の日はちょっと小雨が降って少し肌寒いあいにくの天気だったのだけど、それでも、数日間の楽しい思い出で心はウキウキしていた。

朝8時ぐらいの田舎の駅は、まったく人の気配がなく、のんびりとしていて、線路に咲いている雑草たちが、朝もやにしっとりしていた。

電車を待っていたぼくは、ホームのベンチに座り、歴史のありそうなその駅の雰囲気を楽しんでいた。しばらくすると、やっと一人のおばさんがホームにやってきて、隣のベンチに腰掛けた。

旅に出ると心がなごむせいか、その知らないおばさんにも「ニッコリ」して「ハイ!」と挨拶をし、再びまわりの風景を眺めていた。4月とはいえヨーロッパの春はまだまだ寒く、小雨のせいもあって息が白くなっていた。もちろん、隣のベンチに座っているおばさんも寒そうにして手をこすったりしていた。

すると、そのおばさんぼくに話しかけてきた。

「○△□×、△○×!」…
そのおばさんはきっとオランダ人。多分、オランダ語を話してきたのだと思う。イントネーションや発音の感じから、ドイツ語っぽい話しっぷりなのはわかるのだけど、英語以外の外国語を知らないぼくは、何を言っているのかさっぱり分からない….はずだった。

でも、なんとそれが理解できたんだ!
おばさんは、ぼくに向かって「寒いわね~」と言って来たと感じた。
ぼくは、何気なく日本語で「寒いですね~」と返事を返すと、おばさんは続けて駅のホームにあった個室の待合所を指差して「あそこに入りましょう、寒いから。私、駅員に交渉してくるから。」と言ってトコトコと駅長室にまで歩いて行ってしまった。おばさんは、間もなく戻ってきて「ケチよね~、すぐに電車が来るから開けてくれないって言うのよ。全くひどいわよね!」と言っていた。….多分。ぼくも、「仕方ないね、我慢しましょう。」とやはり日本語で答えた。

その間、ぼくの相槌も、返事もすべて日本語だったのだけど、おばさんもぼくの話していることがわかっていた様子だった。とても不思議なことだけど、先入観を取り除いて、心と心を触れ合うと、言葉の違いなんてコミュニケーションの妨げにはならないんだよね。

これは、本当に貴重な体験だった。君も留学したら、是非どんどん知らない土地に足を運んで、人の心に触れてほしい。

さて、話しを元に戻すことにしよう。
ニューヨークの地下鉄内部で、強盗にあったとか、強姦されたとか、めちゃくちゃ悪い情報が世の中を横行しているけど、始めに書いたようにそれも事実かもしれないけど、ほんの一部の出来事だ。だって、日本だって見方によっちゃ、世界中で最も危険な地下鉄だからね、あのサリン事件以来。
悲しいけど…。

その地下鉄で、なんとも人情を感じさせる「事件」があったそうだ。それを紹介しよう。

彼は、アメリカに滞在している日本人。ニューヨークに夢を追いかけてやってきた。しかし、世の中そんなに甘くない。現実の生活に追われて、日々貧しい生活を送っていたそうだ。

その彼が、ある日ニューヨークの地下鉄に乗った。帰宅のため時間は既に遅く、電車内は人影もまばら、路線はニューヨークの地下鉄の中でももっとも危ないと呼ばれているブロンクス方面への電車だった。格好は、ジーンズにTシャツ、そしてスニーカーとどこにでもいそうな若者の姿をしていた。

すると電車の向こうから、ガラの悪そうな連中がやってきた。もちろん彼は知らないふりをしていたが、そのガラの悪い連中は何故か彼を取り囲んだ。もちろん、目的は「かつあげ」。金をよこせ!と凄みを掛けてきたそうだ。

しかし、その彼は貧乏だった。彼のポケットにはお金が一セントもなく、さっき買った電車代ですべての持ち金を使い果たしていた。だから、彼は「金はない」と答えたそうだ。

もちろん、相手はそんな言葉は信用しない。「おまえは日本人だろう。日本人は金持ちじゃないか!」と、彼を押さえつけ、すべてのポケットを調べたそうだ。でも、金なんて出てこやしない。本当に持っていなかったのだから。

端から端まで調べた連中は、彼が本当にお金を全然持っていないことにやっと気がついたそうだ。すると、その連中のリーダーらしき男が、おまえも貧しいんだな~と言いながら自分のポケットから1ドルを取り出し、「これでピザでも食べな」。と言って立ち去ったそうだ。(当時、ニューヨークの街で、チーズピザの一切れを1ドルで販売していた)

「強盗から金を恵んでもらった奴は俺くらいだ!」と、彼は後に友達に自慢(?)したそうだが、不思議な話もあるものだよね。こういうのって、人情っていうじゃないかな…。
いろんなことがあるものだよね~。(^^)v

[1999年11月4日発行]