第35話 ハロウィーン
アメリカのハロウィーンは最近日本でも有名になってきている。
巨大なカボチャをくりぬき、目や鼻の形を切り取ったら、中にロウソクを灯す。友達とワイワイ楽しみながら見る「おばけカボチャ」は、なかなか愛嬌があるが、静かな場所で一人ぼっちで見るあの光と陰のコントラストは結構不気味なものだ。「ゆらゆら」とした陰が、闇の世界に通じているかのような錯覚を覚える。
日本でいえば一種「お盆」に相当するものだが、先祖の霊に敬意を示す日本の文化と違い、西洋の文化の場合、町中が『肝試し大会』状態になるところがおチャラケている。子どもたちも、思い思いに恐そうなコスチュームに身をまとい、”Trick or Treat”と、「お菓子をくれなければ脅かすぞ~!」と各家々を廻ってお菓子をねだるところがかわいい。一度、”No Deal!”と拒否してみようとも思ったりしたが、かわいい子どもを見ると、ついつい食べかけのお菓子でさえ上げたくなるのが不思議だ….。(f^^;)冗談、冗談!
さてハロウィーンの期間中、ダウンタウンでは日本と同様に『お化け屋敷』が開かれる。お化け屋敷とはいっても、ゾンビとドラキュラ程度の発想しかできないアメリカ人たちである。日本のように、「一つ目小僧」や「ろくろっ首」、「子泣き爺」に「猫女」等々、ゲゲゲの鬼太郎のあの『首元をなめられるような』の背中がゾクゾクする世界までは作れない。単に、暗い部屋の中に棺桶があって、時々ゴトゴトと鳴ったり、首吊りした人形や、骸骨の手招き程度のものだ。マ~恐くないと言ったら嘘だが、大した事はないのがアメリカバージョンのお化け屋敷だ。
あれは留学した初めての年のハロウィーンだった、友達だったブレンダという女性(純粋な友達(f^^;))や、その他数名でお化け屋敷に行こう!ということになり、大学の寮から歩いて行けるダウンタウンへと繰り出した。ダウンタウンにはロータリーがあり、そこの裏には古びたブロック作りのビルがあった。そのビルの一角にそのお化け屋敷は作られていた。錆びた扉を開けると、中はハロウィーンのパーティー状態。カラフルな風船やリボンが無造作に部屋中を飾り、壁にはオレンジ色のカボチャの飾りがあちらこちらに貼られていた。
正直言って、これでお化け屋敷か?!? と思うような感じだった。
そして、中では町のコミュニティーから来ているボランティアの女性が待ち構えており、私たちが扉を開けたとたん、でっぷりした体をちょっとくねらせてとてもフレンドリーな微笑みを浮かべて迎え入れてくれた。入場料を払った私たちは男女それぞれのペアーになり、暗幕のカーテンを開いて中に入っていった。
なんとも、入り口でのあの「拍子抜け」の演出だったため、アホラシ!とは思ったものの、面白くない顔をしては、せっかく連れてきてくれた友人のブレンダに申し訳ないと思い、まだたどたどしい英語を使いながら『今日はとってもいい日だ。私は、ここに来れて嬉しい。』…と、マ~中学校英会話初級程度の会話をして、彼女をエスコートしながら真っ暗な部屋の中に入っていった。当たり前だが、中は真っ暗。(^^;)
そこからどっちに進んで良いかも全く分からなかった。
立ち止まっていた私たちは、「無音」という効果音の中で、おどおどしていたが、一方から”This way!”と声が聞こえ、中で待っていた「ゾンビおね~さん」に方向を教えてもらった。(f^^;)
変なもので、あれだけ真っ暗だと、ゾンビのおね~さんの顔さえ見えず、“Thank you!”と、街中で道を教えてもらったかのような感覚で、蛍光塗料を塗りたぐった顔に挨拶をしてしまった。マ~、街のコミュニティー主催の「お化け屋敷」なのだから、こんなもんかな~….などと思いながら、日本の方が絶対に恐いぞ!と心の中でブツブツつぶやきながら先に進んだ。それから、どれだけの部屋があったのかまでは記憶にないのだが、まともに記憶に残らないくらい、いい加減なお化け屋敷だった。
し、か、し!
それは、最後の部屋に入るまでの余裕だった。
これこそ、アメリカの「お化け屋敷」!って感じた出来事がこの最後の部屋に入ってから起こったのだ。私は、ブレンダの手を引いて「その最後の暗幕」を引いて部屋の中に入っ
た。中は気のせいか油臭い匂いがしていた。そして、次の瞬間!ヴル~ン、ヴル~ン!っと、爆音がその狭い部屋の中でした。エンジンを掛けた音である。排気ガスの匂いが立ち込め、それと同時にフラッシュライトがパチパチ…と、まるでディスコのように光った。
明るくなった瞬間。私は、その中での出来事を初めて理解した。
な、なんと、その青白い光の中で見えたのは、「チェーンソー(電動のこぎり)」を持った男だったのだ!瞬間瞬間で見える光景は、その男が私たちに向かってチェーンソーを振り下ろす「コマ切り映像」だった。一体何が起こったのか、全く理解不能だった。私は、息の止まる思いで必死に逃げた!
しかし、その男の方が一足動き早い!
ブレンダが襲われた!!
必死の形相が見えた。目を見開き、彼女の飛び上がるしぐさが、一瞬、一瞬の映像で見えた。
そして、次の瞬間。
….気がついた時には、もう遅かった。私の目の前にそのチェーンソーが爆音と共にあった。その駆動部(のこぎり部)がジーンズを履いていた私の右太ももに触れた。
私は、ハッア!とした。しかし、そのときには既に遅くヴルヴルヴルヴル…とした感触が、私の太ももに接触していた。のこぎりが私の肉体を切り刻んでいる!
….っと思ったが、私もブレンダも無事だった。(f^^;)
そう、ここは単なる「お化け屋敷」。殺人鬼の館ではない。
そのチェーンソーには「歯」がついていなかったのだ。ホ~….。これぞ、アメリカらしい演出!!!お国柄って、こんなところにも出てくるってことも面白い。
でも、あのときは本当に恐かった!
一度くらいなら、あの現実と非現実の狭間をさまようのもいいかもしれないが、おしっこをちびらなくてよかった。そんじゃ!(^^)
[2000年6月8日発行]