コラム

第82話 お世話になりました(その6)

今回は、少し懺悔の気持ちも込めて書きたいと思う。

それは、前回まで書いたニューヨークでの様子を伝える前に書くべきことだったかもしれない。とても反省しなければいけないことだ。

長期の夏休みや冬休みのときだけでなく、私は学期中もウエーターのアルバイトをして生計を立てていたことは何度か書いた。
アルバイト先では(自分で書くのもなんだが)、それなりに一生懸命頑張ったこともあり、私はオーナーや他のウエートレスからも結構好かれていた。

ウエートレスのほとんどが、米軍の軍人と結婚している韓国出身のお姉さんたち(さすがに年齢は聞いてなかったが、私より5~10歳くらい離れていたのだと思う)で、本当にかわいがってもらった。

彼女らは、私が留学中で食事に困っていることを知っていたので、大きなビンに「自家製の白菜キムチ」をくれたりした。

熱いご飯を炊いて、もらった白菜キムチをほうばる。
韓国の人が作ったキムチなので、ちょっと日本人には辛すぎだが、お醤油をちょっとたらすだけで、結構甘味がでて、本当においしかった。あの頃を思い出すとちょっと懐かしかったりする。

私は、夏休みにニューヨークへ行くことに決めていた。
しかし、レストランの人たちにはいつも世話になっている上、最も忙しい夏のシーズンにレストランを休むことになるため、気がとがめてそのことを話し出せなかった。

それに、忙しい時期に勝手に辞めて、帰ってきたときにまた継続してアルバイトをさせてくれるかどうか分からない….、といった不安もあって、どうして説明してよいやらわからず何も言えずに時ばかりが過ぎた。

そうこうしているうちに、ニューヨーク出発の一週間前になってしまった。早く言えば良かったものを、今となってはもっと言い出しずらい。

ず~と、「なんとか丸く納めたい」と考えていた私は嘘を言うことにした。お釈迦様も言っているじゃないか、『嘘も方便だって…..』と心の中で自分を納得させながら、お店のマネージャーにこう言ってしまったのだ。

>>昨夜、母親から電話があり、父が急に入院した。
>>それに病状があまり良くなく、母親は取り乱していてる。
>>なるべく早く日本に帰国しなくてはならない。…..と

なんと罪深いことを言ってしまったことか、自分の親を危篤にしてしまったのだ。

私は心の中で、

「これなら夏休みの間レストランを休むことに対して文句は言われないだろう。それに、突然のことでも理由がつく。
また、戻ってときにもレストランで再度雇ってくれるに違いない。そうさ、戻ってくるときには、父親の病気は良くなったと言えばすむじゃないか…..。」

と、自分のついた嘘とはいえ、落ち着かない気持ちを納得させるために、私は心の中で何度も何度もこのどうしようもない『言い訳』を繰り返していた。

気の良いマネージャーは、「それじゃ、なるべく早く帰国した方がいい」と、予想通りの返事をしてくれた。そして、この話はお店のオーナーとウエートレス全員に伝えられた。

普段から、私の体調のことを気遣ってくれた韓国のお姉さんたちは、私が気落ちしないようにと、とっても気を使ってくれた。突然私が休むようになると、家族と過ごせる折角の楽しい夏を私の抜けた分もレストランで働かなければならないのに….。

「きっと大丈夫だよ。」と言われる度に、胸が締め付けられる思いだった。

私は、自分の付いた嘘が、こんなにまで多くの人の心をもてあそんでしまっていることに、申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。安直な私には、こうなるなんて予測できなかった。

なんと申し訳ない嘘をついたことか…..。自責の念のため、アルバイト中私はとても暗い顔をしていた。すると、周りのウエートレスたちは、私が父親の病気のことでよっぽど心配しているのだろうと勘違いし、さらに私を労わってくれた….。

そして、出発の前日。

いつものようにアルバイトをしてから私は、「それじゃ、日本に帰ります」と挨拶した。すると、なんとウエートレスのお姉さんたちが、一人あたり$20を集めてくれて、私に餞別としてくれたのだ。$20といったらその日の稼ぎのほとんどだった。

………受け取れない。

しかし、彼女達は強引に私のポケットにそのお金を突っ込み、「早くお父さんが良くなるといいね。」と私を励ましてくれた。

言うまでもない、私は最低の男だった。
反省しても、そんなことでは許されるはずもない。人の心をもてあそんでしまったのだから….。

これは私が背負った十字架の一つだと思っている。
絶対に消えない最低の嘘、思い出すたびに反省する。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、….。

P.S.
今回は皆さんに気分の悪い思いをさせてしまったかもしれま
せん。でも、正直な気持ちを書いたつもりだので、許してくだ
さいね。

それじゃ、また!

​[2002年1月24日発行]