第84話 いたちごっこ
年頃の男女が寮生活をしていれば、「若気の至り」で本能が理性を押しのけてしまうことだってある。特に、結構「性」に関して寛容な(?)意識を持っているアメリカだと、こりゃま~いろんなことがあ
る。
しかし性犯罪も多発するお国柄、学校側としてはノー天気な学生たちを管理、監督しなければならない。
そう、寮監さんと学生の熾烈な『いたちごっこ』がどこの寮でも日々行なわれているのである….少なくとも私のいた大学では。(f^^;)
学生は、彼女や彼氏を部屋に連れて行くのがミッション(?)であり、寮監はそれを阻止するのが任務である。
ある夜のこと、私は「パーティーをやるぞ~」という声に誘われて、ある友達(アメリカ人)の部屋に遊びに行った。そこには、もちろん彼の彼女も来ていた。彼らはアツアツのカップルで、彼女は彼にベ
ッタリ寄り添い、とても色っぽかったのを覚えている。
たしか時間は夜9時を過ぎていたと思うので、彼女が彼の部屋にいるのは明らかに『規則違反』。しかし、私たちは「いつものこと」と全然気にせず、部屋には10人近くの学生が集まり、床の上に座り込んだり、ベットに腰掛けたりと、ビール片手に大声で冗談を飛ばしていた。
全く気にしていなかった方も馬鹿だが、その声は外にも漏れていたに違いない。そろそろ部屋に帰るぞ~と思っていた10時頃、その事件は起こった。
ドンドン、ドンドン!
突然ドアを叩く音….そして、”Dome Mother!”と一言。
そうだ、あのデブデブのおばあちゃんがやってきたのだ。ビヤ樽に布切れを巻きつけたようなピンクのガウンを着て、警備員のおじさんと一緒にやってきたのだ!
今まで大声を出してはしゃいでいた私たちは、目を丸くし突然静まり返った。しかし、もう遅すぎる。部屋の中に人がいることは明白だから、いくら黙っていても帰ってくれるわけがない。
ほんの数秒静かな時間が過ぎ、また再びそしてもっと大きな声で“Open the door!”と2、3回叫んだ後に、ドンドン、ドンドンと、壊れるのではないかと思うほど、扉を激しく叩いていた。
サ~大変。中にいた私は「どうなっちゃうんだろう?」と胸がドキドキしていた。
なんせ、もしもこれが見つかったら、夜間彼女を寮に入れた友達は場合によっちゃ停学処分、いやいや既に一度か二度停学処分を食らっているって言ってたから、下手すると退学になってしまう。そして、もちろん同じ部屋にいた私たちも「無罪放免」とはならないだろう。窓から逃げるっていっても、そこは3階、逃げようがない。
違反行為をした私たちが悪いのだが、留学してまだ1年も経たないのに「強制送還」になるかもしれないといった不安が頭の中をよぎった。私は、扉を叩く音を聞きながら、学長への言い訳を必死で考えていた。
しかし、突然扉を叩く音がやんだ。…..帰ったのだろうか?
いや違う、扉の向こう側ではチャリチャリチャリと警備員のおじさんが腰につけている鍵の束から、合鍵を探す音がするではないか!!
そして、鍵を突っ込む音。
これでお終いか!と私は観念したが、何故か他の連中は結構落ち着いている。そう、それもそのはず、先ほどから警備員が鍵穴に鍵を入れているのだが、扉が開かないのだ!!
そこには秘策があった。それは寮生に代々引き継がれている『秘密道具』。
どんな道具か説明しよう。
構造はいたってシンプル、天井にまでとどくような2~3m程の棒(調節可能)の両側に小さな板がついているだけのもの。その棒の端をドアノブの鍵を回すと回転する部分に合わせる、そして棒の反対
側の板を天井に固定する。すると、外から鍵を回そうとしてもその棒の端の板が回転するところを押さえているものだから、鍵が回らないのだ。
友達は寮監が来たと分かった瞬間に、その必殺道具をドアノブにセットしたのだ。これでは、扉を壊さない限りは誰も中に入れない。
しばらく鍵をガチャガチャしていた寮監と警備員は、結局根負けして退散した。
やった、助かった!
私は、とにかくホッとした。だって、ここは私の部屋ではないから、私がここにいたことは、この中にいた人たちしか分からないからだ。
しかし、心配なのはこの部屋の住人である友達だ。
私は彼に「どうすんだ、これから?」って聞いたら、彼は「明日の朝どうせ寮監に呼ばれるけど、『どうして部屋を開けなかったんだ?』って聞かれたら『寝ていた!』としらばっくれるだけだ。」と、なかなかの度胸。さすがに停学常習犯だけあって、言い訳の方法を知っている。確かに、騒いでいたことを咎められることはあっても、彼女がその場にいたかどうかは、さすがの寮監でも現行犯逮捕でなければ証拠がないんだから捕まえられないというわけだ。
なんとも人騒がせな夜だったが、スリルとサスペンスを味合わせてもらった。(^^;)
しかし、日夜寮の平和と安全を守っている寮監さんと警備員さんには、感謝感謝だ。だって、夏休みや冬休みの学生寮は寮監もほとんどいないため、こりゃまた大変なのだ。
寮のベットは壁に据え付けられている。壁を隔てて隣の部屋のベットとこちらの部屋のベットがずれないようにナットでつながれている構造だ。つまり、壁をなくせば多分壁の向こうの学生の頭と20cmも離れていない距離にある感じだ。
休み中は寮にほとんど学生がいないのでとても静かなものだが、留学生も含めて中には実家にも帰らずに寮でブラブラしている連中が残る。そして、その連中が学校の寮を「動物園化」するのである。
昼夜を問わず彼女を部屋に連れ込み、『音』がするわけである。
壁を隔てて小刻みに「ドンドンドン、ぎしぎし、ぎしぎし」と、マ~何の音かはご想像に任せるが、寮内が静かな分妙にその音が響くのである。それに、時折聞こえてくる動物的な雄叫び。一人で部屋にいた私は、腹いせ紛れに「うるせ~!」と日本語で怒鳴ると、これがピタリと止まるのだ。私は「…..やめたのか?」と思ったが、事実の程は定かではない。
それじゃ、また!
[2002年2月11日発行]